本場黄八丈とは?
本場黄八丈(ほんばきはちじょう)は、東京都八丈島で織られている伝統的工芸品の絹織物です。八丈島の自然が育む草木から抽出した天然染料によって、黄・樺(かば)・黒の三色に染め上げられる絹織物であることが最大の特徴です
「黄八丈」という名の由来は、かつて黄色の染めが主流だったことによりますが、現在流通しているものの多くは黒が中心です。特に黒色は、椎木(しいのき)の皮を煎じた汁だけで何度も染め重ねることで得られる純度の高い黒で、太陽光によって艶やかな光沢が引き出されます。
上質な生糸を用いた地に、無地や縞柄、格子柄といった控えめで品格ある意匠が施されます。着るほどに身体になじむ心地よさも魅力で、かつては普段着として親しまれていました。近年では生産者の減少により希少性が増し、「着物好きの終着点」と称されるほどの高い評価を受けています。
品目名 | 本場黄八丈(ほんばきはちじょう) |
都道府県 | 東京都 |
分類 | 織物 |
指定年月日 | 1977(昭和52)年10月14日 |
現伝統工芸士登録数(総登録数) ※2024年2月25日時点 | 3(12)名 |
その他の東京都の伝統的工芸品 | 村山大島紬、東京染小紋、江戸木目込人形、東京銀器、東京手描友禅、多摩織、江戸和竿、江戸指物、江戸からかみ、江戸切子、江戸節句人形、江戸木版画、江戸硝子、江戸べっ甲、東京アンチモ二ー工芸品、東京無地染、江戸押絵、東京三味線、東京琴、江戸表具、東京本染注染(全22品目) |

本場黄八丈の産地
都心から遠く離れた、自然とともに生きる島の織物

本場黄八丈が織られている八丈島は、東京都心から約300km南に位置する火山島です。黒潮の影響を受けた温暖な気候と豊かな自然環境の中で、島に自生する草木を用いた独自の染色技術が育まれてきました。
島内で栽培・採取された植物から丁寧に染料を抽出するその工程は、八丈島の風土と一体となった文化として根づいており、他地域では再現が難しい希少な技術とされています。
本場黄八丈の歴史
八丈島と共に紡がれてきた色と文様
八丈島に根ざした自然と暮らしの中で、黄八丈はゆっくりと育まれてきました。島の人々の手で受け継がれたその織物は、時代を超えて粋な装いとともに歩んできたのです。
- 14〜16世紀(室町時代):黄八丈のルーツとされる絹織物が朝廷や幕府への貢物(貢絹)として記録に現れる。
- 17世紀(江戸時代前期):島民が自給用に織る織物として発展し、島内経済を支える主要産業となる。
- 18世紀(江戸時代中期):竪縞や格子縞など、粋で洗練された文様が生まれ、文化的価値も高まる。
- 19世紀(江戸時代後期):本居宣長が「八丈という島の名は、かの八丈絹より出ずるらむかし」と記し、島名と織物の関係が注目される。
- 1977年(昭和52年):本場黄八丈が経済産業大臣より「伝統的工芸品」に指定される。
- 現代:伝統的製法が見直され、工芸品としての評価が確立。
江戸時代中期は江戸の町人文化のなかで“粋”が美の基準となった時代であり、黄八丈の縞や格子柄は、控えめながらも洗練された趣を持つ意匠として高く評価されるようになりました。黄八丈の「黄」は、かつて黄色い織物が主流であったことに由来し、武士や町人たちの洒落心を満たす装いとして愛されたのです。
本場黄八丈の特徴
草木が宿す三色の奥ゆかしさ
本場黄八丈の特徴は、八丈島に自生する草木から得た天然染料を用い、「黄・樺・黒」の三色で織り上げられる点にあります。
- 黄色:タブノキやサカキの灰汁と組み合わせることで、透明感と渋みのある深い黄に発色します。
- 黒色:椎木の煎汁だけを用いて40回以上染め重ね、屋外での乾燥を繰り返すことで深い艶を引き出します。
- 樺色:マダミ(アカメガシワ)などの植物から得られる落ち着いた赤みを帯びた茶系色です。
これらの色は、いずれも化学染料では再現できない自然の美を内包しており、八丈島の気候風土に寄り添った染色によってのみ得られる、独特の色合いと光沢を持ちます。

本場黄八丈の材料と道具
島の自然とともにある染織
本場黄八丈の製作は、八丈島で得られる植物と伝統的な道具の組み合わせによって成り立っています。
本場黄八丈の主な材料類
- 生糸:島外から仕入れる上質な絹糸を使用。
- 植物染料:タブノキ、マダミ、椎木など八丈島の草木を煎じた液。
- 灰汁:ツバキやサカキの灰から作った媒染液。
本場黄八丈の主な道具類
- 釜:草木を煮出して染液を作る大型の釜。
- 桶:染色や媒染を行うための容器。
- 機織り機(高機):手投げ杼を使って織り上げる。
- 杼(ひ):緯糸を通すための道具。
これらの素材と道具は、長年にわたり島内で伝承され、現在も手作業での染織を支えています。
本場黄八丈の製作工程
自然と時間が織りなす丁寧な仕事
本場黄八丈は、草木で染めた糸を丁寧に織り上げる、自然と職人技の結晶です。染めから織りまで手作業で行う工程には、八丈島の風土と経験が息づいています。
- 精練
生糸に含まれるにかわ質を取り除き、染まりやすくする。 - ふしつけ
煎じた染液に糸を浸す。 - 灰汁媒染
染液で染色した糸を媒染剤(灰汁)に浸すことで発色させる。 - 水洗・乾燥
媒染後の糸を水洗いし、屋外で天日干しする。 - 整経
織る柄にあわせて経糸を整える。 - 製織
高機を用いて手投げ杼で織り上げる。
染めと媒染を何十回も繰り返すこの工程には、島の気候と職人の経験が不可欠です。自然と人との対話によって、ようやく一反の布が完成します。特に天候によって染まり具合や艶の出方が微妙に変化するため、職人たちは空の機嫌を見ながら染めのタイミングを調整しており、気候との共生が作品の完成度を左右します。
本場黄八丈は、八丈島という孤島の自然と暮らしが育んだ、三色の絹織物です。化学染料を一切使わず、島に生きる草木の力だけで生み出される色彩は、どれも深く静かで、品格と温もりを感じさせます。希少性の高まりとともに、着物ファンの間では“最後にたどり着く着物”と称される本場黄八丈。伝統の美と現代の感性が共存するこの織物は、まさに日本が誇るべき染織文化の結晶といえるでしょう。
