越前打刃物とは?
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越前打刃物(えちぜんうちはもの)は、福井県越前市で製造される伝統的な鍛造刃物です。鎌や包丁、鉈(なた)などの生活刃物を中心に、南北朝時代から700年近くにわたり継承されてきた、日本を代表する刃物工芸のひとつです。
その最大の特長は、日本古来の「火造り鍛造」と「手研ぎ」による製作工程。現代の量産品とは異なり、一点ずつ鍛えて焼き入れ、丁寧に研ぎ上げられる越前刃物は、実用性と芸術性を兼ね備えた“使う工芸品”として高く評価されています。
品目名 | 越前打刃物(えちぜんうちはもの) |
都道府県 | 福井県 |
分類 | 金工品 |
指定年月日 | 1979(昭和54)年1月12日 |
現伝統工芸士登録数(総登録数) ※2024年2月25日時点 | 18(34)名 |
その他の福井県の伝統的工芸品 | 越前焼、越前漆器、若狭塗、越前箪笥、越前和紙、若狭めのう細工(全7品目) |

越前打刃物の産地
自然と風土が育んだ、刃物づくりの理想郷

主要製造地域
越前打刃物の主産地は、福井県越前市。旧武生(たけふ)と呼ばれたこの地域は、日本海に近い福井平野に位置し、豊かな自然資源と内陸交通の要衝という地理的条件を兼ね備えた土地です。
南北朝時代に京都から刀鍛冶・千代鶴国安が移住して以来、700年近く鍛造技術が連綿と受け継がれてきました。江戸期には福井藩の産業振興政策により、越前の鎌が「越前鎌」として全国に知られるようになり、流通の中心地として栄えました。
また、越前市は越前和紙・越前漆器など他の工芸品も盛んな“手仕事のまち”として知られています。鍛冶屋町・刀鍛冶町といった地名が今も残るように、鍛造を生活の中心に据えた町人文化が根づいています。さらに、神社仏閣の建立に伴って刃物職人が重宝され、近隣地域と連携した技術交流も盛んでした。
さらに、日本海側特有の多雪地帯であり、冬は屋内作業が中心となるため、刃物づくりのような鍛冶産業が根付きやすい環境でもありました。加えて、越前市を流れる日野川の清流は、かつて製鉄や研磨に不可欠な水源として使われ、特に研ぎ工程では現在も重要な役割を担っています。
自然・歴史・文化が三位一体となって、この地に越前打刃物という唯一無二の鍛造文化が築かれたのです。
越前打刃物の歴史
火造りとともに歩んだ、越前刃物700年の軌跡
越前打刃物の歴史は、武士の時代から現代まで、常に人々の生活に寄り添いながら進化してきました。
- 1337年(南北朝時代):京都の刀鍛冶・千代鶴国安が越前に移住し、鎌づくりを始める。これが越前打刃物の起源とされる。
- 1400年代(室町時代):農村の広がりとともに農具需要が増し、鎌・鍬などの生産が本格化。
- 1600年代初頭(江戸初期):福井藩による地場産業の奨励により、越前刃物の販路が拡大。
- 1700年代後半(江戸中期):鎌の生産量が全国一に達し、「越前鎌」として知られるように。
- 1800年代(江戸末期~明治初期):包丁や鉈、小刀など新たな製品群が加わり、家庭用需要にも対応。
- 1900年代前半(大正〜昭和初期):手打ち鍛造の技術が高度化し、名工の名が各地に轟く。
- 1950年代(昭和30年代):機械化の導入が進む中でも「火造り」と「手研ぎ」の伝統を守り抜く体制が確立。
- 1979年(昭和54年):越前打刃物が経済産業大臣より「伝統的工芸品」に指定される。
- 現代:料理人との共同開発、研ぎ直しサービスの充実など、現代ニーズへの対応が進む。
越前打刃物の特徴
研ぎ澄まされた一丁が語る、切れ味の美学
越前打刃物の魅力は、何よりその“切れ味”にあります。高温で加熱し、叩き、鍛え、焼き入れるという日本古来の火造り鍛造技術は、鋼の組織を緻密にし、刃にしなやかさと強靱さを与えます。さらに、「手研ぎ」による丁寧な仕上げにより、見た目の美しさと実用性を兼ね備えた刃物へと昇華されていくのです。プロの料理人が口を揃えて言うのが、「食材の繊維を潰さず切れる」という点。野菜の断面が水分を保ち、魚の切り身は艶やかさを失わない。この繊細な切れ味は、機械研ぎでは決して再現できません。
また、越前打刃物ならではの「二枚広げ」や「廻し鋼着け」といった独自技法も特徴の一つです。これは鍛冶職人の理論と経験が融合した高度な技術であり、刃の強度やバランスに大きな影響を与えています。
現代では、使い込むほど手になじむ「育てる道具」としても人気が高まりつつあり、丁寧に研ぎ直せば10年、20年と使い続けることも可能です。まさに“使うほどに価値が増す”工芸品と言えるでしょう。
越前打刃物の材料と道具
鋼の声を聴く、職人の眼と手が命
越前打刃物は、鉄と鋼というシンプルな素材を、職人の五感で見極め、鍛え、磨き上げていく工程の連続です。
越前打刃物の主な材料類
- 炭素鋼(白紙・青紙など):切れ味と研ぎやすさに優れる刃物鋼。
- 地金(じがね):ベースとなる鉄材。鋼と接着して複合材にする。
- 木材(柄):主に朴(ほお)・栗・欅などが使用される。
越前打刃物の主な道具類
- 炉(ろ):鋼材を800~900℃で加熱するための火床。
- ベルトハンマー:鍛造時に鋼を打ちのばす動力ハンマー。
- 鑢(やすり)・砥石:形状整形や最終研磨に使用。
- ドロ:焼き入れ前に塗る粘土状の薬剤。焼き割れ防止に使う。
こうした道具と材料を熟知し、火と鉄の対話を重ねて生まれる越前刃物は、単なる道具ではなく、職人の魂が宿る“実用の芸術”です。
越前打刃物の製作工程
火に打ち、研ぎに磨く、匠の手技
越前打刃物の製作は、十数工程以上に及びます。それぞれが職人の感覚と経験に支えられた緻密なプロセスです。
- 鋼材の切り出し
鋼と地金を所定の大きさに切断。 - 加熱と接着
約800〜900℃に加熱し、鋼と地金を鍛接する。 - 鍛造(たんぞう)
ハンマーで叩いて薄く延ばす。二枚広げ・廻し鋼着けなどの技法がここで活躍。 - 整形
不要部分を切り取り、全体の形を整える。 - 焼き入れ・焼き戻し
加熱後、水で急冷し硬度を出し、さらに低温焼き戻しで粘りを与える。 - 研削・研磨
専用研磨機で刃を整え、艶が出るまで10工程以上を重ねる。 - 小刃合わせ
実用性に直結する“刃の最終調整”を手作業で行う。 - 柄付け・完成
柄を取り付け、全体を整えて完成。
火を扱う鍛冶職人、刃を整える研ぎ師、持ち手を仕上げる柄付職人──それぞれの匠の手が連携し、越前打刃物という“切れる美”が生まれます。
越前打刃物は、700年の伝統を受け継ぎながらも、現代の暮らしに応える“生きた工芸”です。火造りと手研ぎの技法を守り続ける職人たちの手から生まれる一丁は、使う人の暮らしを支え、手入れを重ねるほど愛着が増す“育てる道具”。越前の風土と技術が詰まったその刃には、日本人のものづくり精神が今も息づいています。
