この記事では、経済産業省指定の伝統的工芸品の中から【織物】と【染色品】にスポットライトを当てて、日本の「布」製品について深掘りしていきます。現在、経済産業省指定の伝統的工芸品243品目(※2024年10月17日時点)のうち、38品目が織物、14品目が染色品です。伝統的工芸品と聞けば、着物や帯などをイメージする人も多いかと思います。しかし、布製品は種類が豊富であるがゆえに、少し複雑だったりもします…
いきなり全てを理解しようとせずに、まずは全体像の輪郭がなんとなく浮かんでくる、これを目標に【織物】と【染色品】の世界へ飛び込んでみましょう!着物や帯以外にも現代に合わせて誕生した布製品にもご注目!それでは、ぜひ最後までご覧ください!
おきなわ工芸の杜(記事作成協力)
沖縄県の伝統的工芸品には16品目が指定されており、そのうち13品目が織物・染色品です。14〜16世紀頃に栄えた琉球王国が、中国や東南アジア、インドなどと盛んに取引を行ったことから、琉球独自の染織り文化が発展していきました。
今回記事作成に協力をしてくれたのは、染織り文化の知見が集まる『おきなわ工芸の杜』さん。
沖縄県豊見城市に位置する、工芸産業の振興のために人と技術・情報の交流拠点を担う施設です。
一般来訪者が楽しめる展示販売や工芸に関する情報発信に加え、工芸従事者向けの専門的な技術研修などが行われています。
布って何?
布とは「糸が集まったもの」を指します。ただ糸を集めただけで布になるのではなく、糸を交差させたり、くぐらせたりして重ね合わせ、薄く平たくしたものが布と呼ばれます。伝統的工芸品に用いられる布は、古くから自然の中にあるもので作られてきました。蚕(かいこ)が吐き出す糸を利用した絹(きぬ)や、植物を原料とした麻(あさ)や綿(めん)などが代表的です。
布製品の種類は、糸の交差のさせ方やくぐらせ方など、作り方の違いによって、主に下の3種類にわかれます。
1.織り物
経糸(たていと)と緯糸(よこいと)をまっすぐに交差させて、平たく作られた布製品です。生地の表面を見た時に、経糸と緯糸が上を通っているのか下を通っているのかにより、生地の厚さや色味、雰囲気が変わってきます。次章以降で詳しく見ていきます!
多くの布製品は織り物で作られているよ!
2.編み物
糸で輪を作り、その輪に次の糸を引っ掛けて新しい輪を作ります。これを繰り返すことで布製品にしていきます。織り物との最大の違いは、構造の違いから生まれる伸縮性です。
セーターなどのニットが編み物に該当するよ!
3.組み物
いくつもの糸が斜めに交差し、紐や面になったもので、基本的に縦糸のみで作られます。組み紐が代表的です。
伊賀くみひも、京くみひも、の2品目が伝統的工芸品の【その他の繊維製品】に指定されているよ!
織り物の織り方
この章では、前章で登場した布製品の3種類のうち「織り物」を詳しく見ていきます。
織り物の生地の織り方は、大きく分けて平織(ひらおり)・綾織(あやおり)・朱子織(しゅすおり)の3つがあります。これを「三原組織」と呼びます。
1.平織(ひらおり)
経糸と緯糸を交互に一本ずつ交差させて織る、最も一般的な織り方です。糸が交わる点が多いので、硬くて摩擦に強い、丈夫な織り物になります。
平織の上等な麻織物のことを上布と言うんだ!
2.綾織(あやおり)
経糸を、いくつかの緯糸を飛ばして下にくぐらせる織り方です。織り目が斜めに見えるのが特徴で、斜めに現れた模様を「綾目」と呼びます。シワになりにくく、伸縮性のある織り物になります。
綾織はデニムなどに使われているよ!
3.朱子織(しゅすおり)
経糸と緯糸の交差する点をなるべく少なくする織り方です。光沢があって、滑らかな織り物になります。
朱子織はサテンとも呼ばれるよ!
布は糸からできている
布は糸からできていること、糸の交差のさせ方(織り方)の違いにより、生地の厚さや色味、雰囲気を変えることができることが分かりました。さて、それでは糸は何から作られているのでしょうか。
織り物に使われる糸は、大きく分けて自然由来のものと、ポリエステルやナイロンなどの化学繊維のものがあります。伝統的工芸品は古くから存在しているので、自然由来のものを原料にしています。自然由来である代表的な織り物の糸は、蚕という昆虫の繭(まゆ)から作られる絹糸、苧麻(ちょま / 別名:カラムシ)などからできる麻糸、ワタを紡(つむ)いで作る綿糸があります。また、シナノキなどの木の皮から作られる糸も伝統的工芸品に使用されています。
紡ぐとは、短い繊維を撚り(より)をかけて一本の糸にすることだよ!
1.絹
蚕という虫の繭から糸を作ります。蚕は蛹(さなぎ)になる時に口から糸を吐き出し、自分の体を覆う繭を作ります。撚りなどの加工をせず、繭の糸を何本か集めて1本の糸にしたものを生糸(きいと)と呼びます。繭を煮て、ほぐしたものを真綿と呼び、真綿を紡いで作る糸を紬糸(つむぎいと)と呼びます。このように、絹で作られた織り物を絹織物と呼びます。
生糸
紬糸
博多織や西陣織などが該当するよ!
2.麻
苧麻や亜麻(あま)、黄麻(おうま)などの植物から糸を作ります。これらの植物の茎や幹を割いて繊維を取り出し、しごくなどして、柔らかくして麻糸を作っていきます。麻で作られた織り物を麻織物と呼びます。
近江上布や奥会津昭和からむし織などが該当するよ!
3.綿
ワタという植物の実のなかの、フワフワした綿毛を取り出して糸を作っていきます。この綿毛を紡いだものが綿糸で、綿で作られた織り物を綿織物と呼びます。
弓浜絣や阿波正藍しじら織などが該当するよ!
4.木の皮
オヒョウやシナノキなどの木の皮をはいで糸を作ります。木が多くの水分を含んでいる6月頃にこの工程を行います。
二風谷アットゥㇱや羽越しな布が該当するよ!
織物の種類
これまで織り物全般という広義の意味で「織り物」と表記してきましたが、この章以降では「織物」と「染色品」を区別するために、狭義の意味での「織物」と使い分けながらお話を進めていきます。
全国各地にある織物には、織り方や模様のあらわれ方によって、様々な種類があります。「久米島紬」「伊勢崎絣」などのように、「産地+織物の種類」がセットになっている品目が多くを占めています。織物の生地には「紬」「絣」「縮」などの種類があり、それぞれの作り方に特徴があります。
1.紬(つむぎ)
「紬」は、生糸にならない繭を煮て柔らかくして広げ、重ねた真綿から糸(=紬糸)を紡いで織る高級絹織物で、材料は絹糸を使います。文様が細かいほど手間がかかり高額になります。
久米島紬や結城紬などが該当するよ!
2.絣(かすり)
「絣」は、かすれたような「絣模様」が入った織物です。出したい色に染め分けた糸で模様が現れるように織ります。材料は絹糸、綿糸、麻糸などを使います。糸の組み合わせで、しま、格子模様など、様々な柄を作ることができます。
伊勢崎絣や久留米絣などが該当するよ!
3.縮(ちじみ)
「縮」は、強くねじり合わせた糸で織り、「しぼ」という細かいシワを入れる織物です。材料には、産地によって様々な糸が使われます。夏用の浴衣地などに使われます。絹糸の縮をちりめんといいます。
小千谷縮や十日町明石ちぢみなどが該当するよ!
4.上布(じょうふ)
麻糸を平織にした麻織物です。幕府などへの貢物として納めた上等な織物という意味で、上布と呼ばれました。
宮古上布や近江上布などが該当するよ!
織物と染色品の違い
さて、織り物についてだいぶ理解が進んだかと思います。この章では、記事タイトルにもあるように「織物と染色品の違い」についてお話ししていきます。「織り物」とか「布製品」などのように、ひとくくりにしてもいい気がしますが、あえて分かれているということははっきりとした違いがあるはずですよね。
織物と染色品の最大の違いは、色をつけた糸を織るか、既に織られた白地の布に色をつけていくか、の違いです。
1.先染め
伝統的工芸品に指定されている織り物の多くは、織り物になる前の糸の段階で染める「先染め」という染色法で作ります。色の違う糸を組み合わせて、織り物に仕上げていきます。このように先染めで作られた織り物が「織物」と呼ばれます。
2.後染め
一方「後染め」は、織り上がった生地に染色する方法や、白い生地に描いた下絵の上に糊をのせて筆で塗る方法、型紙も用いて模様を染める方法などがあります。このように後染めで作られた織り物が「染色品」と呼ばれます。色彩豊かな美しい模様を描けるのが特徴です。
染色品の染め方
染色品は、白い生地を染色したり、生地に模様を描いたりして染める後染めを用いて織られた織り物であることが分かりましたね。この章では、染色品の染め方にどんなものがあるのか見ていきましょう。染色品の染め方は大きく分けると、浸染(しんせん)と捺染 (なっせん)の2つの方法があります。中までしっかり染める染色方法と、表面だけ染める染色方法です。
1.浸染(しんせん)
染めたい色の染料液(せんしょくえき)を作って、生地を浸して染めます。水に溶ける性質の染料を使います。代表的な染め物が、しぼり染めです。生地を細かく摘んで糸でくくるなどしてから、色を染めたもの。糸で括った部分に染料がつかず、白く染め残って模様になります。くくり方でいろんな柄ができます。
京鹿の子絞や有松・鳴海絞が代表的だよ!
2.捺染 (なっせん)
青花液(あおばなえき)で下絵を描き、糸目糊(いとめのり)でなぞるなどして、生地に直に絵を手描きしていく手描き染(てがきぞめ)、型紙を使う型染(かたぞめ)が代表的です。型染には、型紙に彫った模様の部分に、刷毛(はけ)などで染料をつけて染める方法と型紙の彫った部分にのりをつけて白く染め抜く方法などがあります。水に溶けない性質の染料を使います。繊維の表面だけが染まるので、多くの色を染め分けたり、表と裏を違う模様にすることもできます。
京友禅や琉球びんがたなどが代表的だよ!
自分好みの布製品を見つけてみよう
糸の原料や織り方、染め方、染める順番でさまざまな呼び名があり、ひとくちに織物、染色品といっても実際には共通部分より異なる部分の方が多かったりもします…さらに産地独自の工程などにも違いがあり、「織物」「染色品」はかなり奥が深い品目です。この記事では「全体像の輪郭がなんとなく浮かんでくる」ことが目標なので、品目別の深掘り記事はまた今度!
調べれば調べるほど謎が深まる……
最後に、着物や帯以外に現代に合わせて誕生した布製品をご紹介します!ここでは博多織を例に挙げ、どんな商品が作られているのかを知ってもらえればと思います。
「織物」「染色品」などの織り物は、一般的に高額な着物や帯製品を思い浮かべるかと思います。しかし、着物や帯製品には高額な製品が多く、欲しいと思ってもなかなか手が届くものではありません。この記事で織り物に興味を持った方は、まずはお手頃な織り物を手にとってみては?日常生活が少しだけ豊かになることでしょう!
製作体験を行っている工房もあるから是非足を運んでみてね〜!
経済産業省指定の伝統的工芸品一覧【織物】※2024年10月17日時点
- 二風谷アットゥㇱ(にぶたにあっとぅし)|北海道
- 置賜紬(おいたまつむぎ)|山形県
- 羽越しな布(うえつしなふ)|山形県・新潟県
- 奥会津昭和からむし織(おくあいづしょうわからむしおり)|福島県
- 結城紬(ゆうきつむぎ)|茨城県・栃木県
- 伊勢崎絣(いせさきがすり)|群馬県
- 桐生織(きりゅうおり)|群馬県
- 秩父銘仙(ちちぶめいせん)|埼玉県
- 村山大島紬(むらやまおおしまつむぎ)|東京都
- 本場黄八丈(ほんばきはちじょう)|東京都
- 多摩織(たまおり)|東京都
- 塩沢紬(しおざわつむぎ)|新潟県
- 小千谷縮(おぢやちぢみ)|新潟県
- 小千谷紬(おぢやつむぎ)|新潟県
- 本塩沢(ほんしおざわ)|新潟県
- 十日町絣(とおかまちがすり)|新潟県
- 十日町明石ちぢみ(とおかまちあかしちぢみ)|新潟県
- 信州紬(しんしゅうつむぎ)|長野県
- 牛首紬(うしくびつむぎ)|石川県
- 近江上布(おうみじょうふ)|滋賀県
- 西陣織(にしじんおり)|京都府
- 弓浜絣(ゆみはまがすり)|鳥取県
- 阿波正藍しじら織(あわしょうあいしじらおり)|徳島県
- 博多織(はかたおり)|福岡県
- 久留米絣(くるめかすり)|福岡県
- 本場大島紬(ほんばおおしまつむぎ)|宮崎県・鹿児島県
- 久米島紬(くめじまつむぎ)|沖縄県
- 宮古上布(みやこじょうふ)|沖縄県
- 読谷山花織(ゆんたんざはなうい)|沖縄県
- 読谷山ミンサー(ゆんたんざみんさー)|沖縄県
- 琉球絣(りゅうきゅうかすり)|沖縄県
- 首里織(しゅりおり)|沖縄県
- 与那国織(よなぐにおり)|沖縄県
- 喜如嘉の芭蕉布(きじょかのばしょうふ)|沖縄県
- 八重山ミンサー(やえやまみんさー)|沖縄県
- 八重山上布(やえやまじょうふ)|沖縄県
- 知花花織(ちばなはなおり)|沖縄県
- 南風原花織(はえばるはなおり)|沖縄県
経済産業省指定の伝統的工芸品一覧【染色品】※2024年10月17日時点
- 東京染小紋(とうきょうそめこもん)|東京都
- 東京手描友禅(とうきょうてがきゆうぜん)|東京都
- 東京無地染(とうきょうむじぞめ)|東京都
- 東京本染注染(とうきょうほんぞめちゅうせん)|東京都
- 加賀友禅(かがゆうぜん)|石川県
- 有松・鳴海絞(ありまつ・なるみしぼり)|愛知県
- 名古屋友禅(なごやゆうぜん)|愛知県
- 名古屋黒紋付染(なごやくろもんつきぞめ)|愛知県
- 京鹿の子絞(きょうかのこしぼり)|京都府
- 京友禅(きょうゆうぜん)|京都府
- 京小紋(きょうこもん)|京都府
- 京黒紋付染(きょうくろもんつきぞめ)|京都府
- 浪華本染め(なにわほんぞめ)|大阪府
- 琉球びんがた(りゅうきゅうびんがた)|沖縄県
参考サイト/文献
東京農工大学/生糸と絹と機織:https://web.tuat.ac.jp/
京都の伝統産業:https://densan.kyoto/
おきなわ工芸の杜:https://okinawa-kougeinomori.jp/
宮古島市伝統工芸品センター:https://miyako-kougei.com/
伝統工芸のきほん④布:理論社
日本の伝統工芸のみりょく 布にかかわる伝統工芸①織物:ポプラ社