伝統的工芸品産業は、衰退産業の一つとして取り上げられることが多い産業です。
「変わらない」「古い」「敷居が高い」。そんなイメージを、みなさんもお持ちではないでしょうか。実は、そこまでお堅い産業ではなく、歴史と伝統を守りながらも、その高い技術力を活かし、様々なことにチャレンジをしている産業なんです。
この記事を読んだ後、伝統的工芸品産業へのイメージがガラッと変わること間違いなしです!
伝統的工芸品産業の現状
2001年度に2,000億円程度だった生産額は、2010年度には1,000億円へと半減し、2016年度には1,000億円を下回りました。その後も減少傾向は続き、2020年度には870億円まで落ち込んでいます。
また、伝統工芸品づくりを担う従業員の数も減少傾向です。1998年度に約11万5,000人だった従業員は、2020年度に約5万4,000人と生産額同様、半減しています。
伝統的工芸品の生産額・従業員の推移数
伝統工芸士の推移
工業化が進んだことにより、大量生産・大量消費が可能になり、手頃な価格で高品質な製品を手に入れることが出来るようになりました。さらに、ICTが発達したことで、手頃な価格の高品質な製品を「いつでも」「どこでも」「誰でも」手に取ることが出来るようになったのです。
ICTは「Information and Communication Technology(情報通信技術)」の略で、通信技術を活用したコミュニケーションを指すんだよ! 情報処理だけではなく、インターネットのような通信技術を利用した産業やサービスなどの総称なんだって!先進的でなんだかすごい!
このように時代は、伝統的工芸品産業と対極に進んで来ました。このまま伝統的工芸品産業は衰退を続け、いずれなくなってしまうのでしょうか。
そんな不安を完全に拭えないまでも、伝統的工芸品産業が再び注目されるチャンスがすぐそこまで、手の届くところまで迫っている、という見方もあります。昨今のSDGsへの関心の高まりや、世界的潮流「ラグジュアリー戦略」との相性の良さ、インバウンド需要の高まりから、伝統的工芸品産業が注目されつつあるのです。
「チャンスの神様は前髪しかない」
まさに今こそ、伝統的工芸品産業全体が一致団結することで、伝統的工芸品産業が再び人・お金が集まる産業へと変貌するチャンスなのです!
チャンスを感じるためには、伝統的工芸品産業のポテンシャルについての理解が必要ですよね。
まずはみなさんの固定観念を払拭するために、いくつか事例を見ていきましょう。そして、伝統的工芸品産業に対する新しい視点を取り入れて、ほんの少しでもチャンスの可能性を感じていただければ嬉しいです。
伝統的工芸品産業も「変わっている」
ここ数十年で、日本人の生活環境や生活様式が大きく変化していることは、誰もが認める事実でしょう。例えば食生活。数十年前には食卓に並ばなかった「洋食」の登場により、使う食器も当然のように変わります。
伝統的工芸品の指定要件として「100年程度の歴史を持つこと」があるので、伝統的工芸品の食器類は、当初から「洋食」を想定してデザインされたものではありません。
ここでは伝統を大切にしながらも、現代に合わせたデザインで我々生活者の心を掴む伝統的工芸品を見ていきましょう。
白くなくてもありなの?「黒い有田焼」
「白い磁器」として江戸時代に一世を風靡した有田焼。
1616年に佐賀県・有田で、陶祖である李参平によって日本で最初に陶磁器が作られたんだよ。
出典元:https://1616arita.jp/about/
400年の歴史を持つ有田焼は、これまで白地と決まっていたにも関わらず、大胆にも黒地の有田焼を製作し、2015年のミラノ万博で発表しています。(作:佐藤オオキ)
温度でデザインが変わる!?「やきものイノベーション」
次の画像をご覧ください。お湯を入れる前と、お湯を入れた後の、湯呑みの比較画像です。何か気づいたことはありますか?
そうなんです。お湯を入れる前と、入れた後で湯呑みの絵柄が変わっているんです。これは丸モ高木陶器が展開する商品で、約45℃以上の飲料を注ぐと柄が浮かび上がる技術を用いて製作されています。
温感だけでなく、冷感Verもあるみたいだよ。気になるひとは調べてみてね。
熱さを可視化することで、驚きはもちろん、火傷などの防止にも役立ちます。
視覚・触覚・聴覚を刺激する「触ると音が鳴る西陣織」
「織ノ響 ori-no-hibiki」は京都の伝統工芸後継者によるクリエイティブユニット「GO ON」とPanasonic Designとのコラボレーションで発表されました。織に手が触れたとき、生地に織り込まれた金銀箔がセンサーとなり、音がなる、という音の建具です。まるで楽器のようですよね。アイデア次第で、「織物」を楽器へと展開させることができるなんて、まさにイノベーション!
他にも全部で10組のプロトタイプを作成し、2017年4月ミラノサローネ2017に「Electronics Meets Crafts:」のコンセプトのもと出展。「流れるようなストーリー性を持ち、優れた伝統工芸に詰め込まれた先進技術が融合した新しいクラフト家電の提案」であると評価され、 『Milano Design Award 2017』において「Best Storytelling賞」を受賞しました。
参考
CRAFT LETTER(萩焼)
Panasonic Design 展で見た「織ノ響」に見るスマートスピーカーに足りないデザイン
伝統的工芸品産業と最新トレンドとの親和性!?
「古い」とのイメージを持たれがちな伝統的工芸品産業ですが、最新の消費者トレンドや最新の経営理論と相性バッチリだと聞いたら、驚かれる方もいるのでは。
SDGsと「経年美化」
最近よく耳にするSDGs。SDGs(エス・ディー・ジーズ)とは、「Sustainable Development Goals(サステイナブル・デベロップメント・ゴールズ)」の略称で、「持続可能な開発目標」のことです。
SDGsの17個の目標のうち、伝統的工芸品産業と一番深く関わっている目標は12番でしょうか。12番の目標である「持続可能な消費と生産のパターンを確保する」ことは、「ものを大切に使う」「修理をして使い続ける」「古びていくものに美を見出す」という日本人の持つ感覚に、非常に近しい考え方です。
金継ぎなんてまさにそうだよね!
伝統的工芸品は作り手も使い手も、持続可能なものづくりを体現していると言えるでしょう。
モノ消費からコト消費、そこに加わるイミ消費。
「モノ消費」から「コト消費」へと人々の関心が移行していると、少し前から様々なメディアで取り上げられてきました。ここ近年、消費者の多様化に伴い、「イミ消費」が取り上げられる機会が増えています。「イミ消費」とはつまり、「消費の意味とは何か」を考えることです。「同じ食材を買うなら地元産のものを購入して、地元に貢献したい」「プラスチックゴミを減らすために、紙ストローを使用しているカフェを利用する」など、20世紀には考えられなかった要素が、消費の判断材料に入ってきています。
伝統的工芸品は、歴史や文化、産地特性などたくさんの「イミ」を含んでいます。作り手が積極的に「イミ」を発信することで、代替品と差別化を図れる可能性は大いにあるのではないでしょうか。
従来からある商品やサービスの品質が良いといった機能性に着目する「モノ消費」、旅行などの体験・経験に着目する「コト消費」に加えて、環境保全に貢献したい・児童労働撲滅に貢献したい・家族の絆を再確認したいといった「イミ消費」と呼ばれる商品やサービスの文化的・社会的価値に目を向けた消費者の新しい購買活動に着目することで成長する企業が業種を問わずに現れてきている。
「イミ消費を取り込んだ伝統工芸の活性化と SDGs への貢献」令和2年度市民まちづくり研究員 密山 洋志
参考
「イミ消費を取り込んだ伝統工芸の活性化と SDGs への貢献」令和2年度市民まちづくり研究員 密山 洋志
竹田クニ氏が読み解く2019年の外食トレンド。飲食業界の潮流からグルメキーワードまでを解説
最新経営理論「ラグジュアリー戦略」と伝統的工芸品の間には意外な親和性が!?
まずは「ラグジュアリー」について分かりやすい解説文がありますので、ご覧ください。
現在注目の、最新経営理論「ラグジュアリー」。かつては歴史と伝統ある会社が、長年の事業の中で偶発的に手にするものとされてきましたが、今日ではマネジメント可能なもの、意図的に生み出し、育てていくことが可能なものとして捉えられています。つまり、ラグジュアリーとは一定の再現性が保証された経営「理論」となりつつあるのです。
「経営学者が解説。いま注目の「ラグジュアリー戦略」とは何か。」やさしいビジネススクール
もう少し掘り下げてみましょう。下記の表は「高級品」にも種類があることを表しています。
ラグジュアリー | プレミアム |
---|---|
プライスレス | 説明がつく高価値 |
比較不可 | 比較可能 |
意味 | 高品質 |
一般的に「プレミアム」とは、他社製品と比較して機能面や品質面で優位性を持っており、高価格になる理由が説明できる商品のことを指します。
一方「ラグジュアリー」とは、説明がつかない憧れや欲求と言った感情が想起される商品を指します。なぜ高価格になるのか、要素に分解して説明することができません。それでも、高価格に納得して購入する人は存在するのです。
例えばバイクのハーレーダビットソン。機能・品質でホンダに優っているから高価格がというわけではないんだよ。たまに壊れたり、不便不都合があることすら、愛着のポイント。なぜハーレーが好きなのか。それはもう、理由があるものではないのかもね。
ではラグジュアリーはどのようにして生まれるのか。おおよそのリストは以下です。
「経営学者が解説。いま注目の「ラグジュアリー戦略」とは何か。」やさしいビジネススクール
- 歴史的資産からストーリーを構築する
- 他者との比較をしない、させない
- 需要増には積極対応しない
- 顧客に媚びない
- 価格や流通面で、買うのを難しくする
- ターゲットではない顧客に情報発信する
- 本社や工場、施設などを移転しない
ほとんど全ての項目が、伝統的工芸品のことを言っているかのようですよね。
ラグジュアリー戦略とは、機能で説明のつかないものを高価格で販売することではありません。「この産地のこの商品が欲しい」「この作り手さんから購入したい」のような消費者の感情を引き起こすことで、商品にさらなる付加価値を生むことが出来る、という考え方です。
伝統的工芸品はラグジュアリー化に成功する可能性を秘めているように感じませんか?
実用的であることが伝統的工芸品の要件
変化を受け入れる産業であること、最新の消費者トレンド、最新経営理論と親和性がある産業であることがお分かり頂けたかと思います。
最後に、伝統的工芸品産業が持つ大きな壁、「敷居が高い」ことについて考えてみましょう。これにはいろいろな考えがあると思いますが、単純に「取っ掛かりがなく、知らないから、分からない」が一つの解であり、「伝統的工芸品=敷居が高い」というイメージに直結しているのではと考えています。情報発信が積極的にされる産業ではないですし、他のエンタメのように、ぱっと見で面白さに気づくことも少ないように感じます。
少し興味を持ち始めて自分で調べてみても、出版されている本が少なかったり、発行日が昔のものであったり、、、
ネットで検索しても欲しい情報がなかったり、読むと眠たくなるような長文の論文やレポートしか見つけられなかったり、、、
ホームページがしばらく更新されておらず、「分かる人にだけ情報が伝われば良い」と言った意図しないメッセージをユーザーに感じさせてしまったり、、、
本意ではない情報伝達により、本意ではない業界イメージを生んでしまっているのです。この「敷居が高い」というイメージには、伝統的工芸品産業全体として取り組んでいかなければならない課題です。本来であれば、伝統的工芸品は日常生活に使うものですから、敷居が低く親しみやすいものであるはずです。
伝統的工芸品産業について、読みやすい情報がまとまっていて、エンタメとしても楽しめる、事業者さんにとっても役立つ情報がある、そんなサイトがあればなと。
ここまで丁寧に前説が入れば、お分かりですよね。これが本サイト、「KAERU」の誕生背景です。
「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく」
小説家である井上ひさしさんの言葉ですが、伝統的工芸品を取り上げるサイトとして、ぴったりだと考え、本サイトの基本方針として掲げています。
KAERUが目指す伝統的工芸品産業の未来
本記事最後のセクションです。こんな世界を目指して本サイトを運営しているんだな、と頭の片隅に置いていただき、たまに思い出してもらえると嬉しい限りです。
- 「その産地」「その工芸品」だから憧れる !をもっと世間に浸透させる
- 地方への「体験」旅行による経済力UP
- 職人が「子供たちが選ぶ、なりたい職業」にランクインする
- 個々の工芸品のみならず、伝統的工芸品産業全体を盛り上げる
「その産地」「その工芸品」だから憧れる !をもっと世間に浸透させる
伝統的工芸品は「イミ消費」や「ラグジュアリー戦略」により、他製品と一線を画することが出来ると考えています。ここでは少し強い言葉を使いますが、伝統的工芸品に代替品は存在しません。しかし、それは消費者にしっかりと魅力・情報が伝わった場合です。KAERUでは、この情報伝達の一助になれればと考えています。
地方への「体験」旅行による経済力UP
「いつでも」「どこでも」「誰でも」がICT時代のキーワードでしたが、前述したように時代の流れは変わりつつあります。そこで、「この時だけ」「この場所だけ」「私だけ」の体験を求めて各産地に旅行者が増えれば良いな、なんて考えています。
職人が「子供たちが選ぶ、なりたい職業」にランクインする
伝統的工芸品産業を盛り上げていくには、若い力が欠かせません。「職人」という職業が、子供たちの「憧れ」の対象になるように、「凄い」「稼げる」「カッコいい」が溢れる産業になることを目指します。
個々の工芸品のみならず、伝統的工芸品産業全体を盛り上げる
伝統的工芸品の品目一つひとつを発信することはもちろん大切なことです。それに加えて、伝統的工芸品産業全体が共通の目標に向かって行けば、世間に影響を与えることができ、「伝統的工芸品」の存在感を世間に示すことが出来るのではないかと考えています。
いかがでしたでしょうか。この記事を読む前と読んだ後で、伝統的工芸品産業へのイメージに違いは生まれましたか?
「変わらない」「古い」「敷居が高い」といった、伝統的工芸品が話題に上がる際によく耳にする業界イメージを軸に、これまでお話ししてきました。 ポテンシャルを十分に持つ産業であると同時に、「敷居が高い」と言ったネガティブイメージをはじめとする課題もたくさんあります。しかし、課題を一つひとつ解決していくことで、「人・お金が再び集まる産業」へと生まれ変わる可能性も十分秘めています。
KAERUが、一つでも多くの課題解決のきっかけになることが出来れば嬉しい限りです。
サイト内で取り上げた記事の感想や情報提供等を頂けますと泣いて喜びます!